メディチ家別荘ポッジョ・ア・カイアーノと大公夫妻の事件

大公夫妻 謎の死の舞台となった別荘ポッジョ・ア・カイアーノ

世界遺産に登録されているメディチ家の邸宅群。数ある別荘の中から昨日はフィレンツェからほど近いヴィッラ・ラ・ペトライアをご紹介しました。
今回ご紹介するのはポッジョ・ア・カイアーノ。メディチ家の当主ロレンツォ豪華王が制作にかかわったこともあり、ルネサンス様式と哲学が反映された建築です。
その後トスカーナ大公になったメディチ家ですが、ここでトスカーナ大公(国の君主)夫妻が亡くなるという事件が起きました。その死には謎も多く、今でも色々な説が唱えられています。

こちらは音声でもお聞きいただけます。

ルネサンス様式を表現した邸宅

皆さんこんばんは。はじめてでもわかる西洋美術の加藤まり子です。日々の生活からちょこっとだけ美術に関連するお話をお届けしたいと思います。
昨日は、メディチ家のヴィッラ(邸宅)のお話をさせていただきました。昨日お話ししたのは、フィレンツェから一番近い、30分くらいで行けるヴィッラ・ラ・ペトライアという、ペトライアの別荘を紹介させていただきました。その際に、別荘ではいろいろな事件などの歴史もありましたよということをお伝えしたのですが、今日はまたちょっとだけ離れたところですね。フィレンツェからバスで45分くらいのところにある、ポッジョ・ア・カイアーノという別荘についてお話ししたいと思います。ここにはちょっと面白い事件があったのですが、まずはこの別荘のお話をさせていただきます。
この別荘ができたのは、15世紀末から16世紀の頭にかけてくらいになります。この時代はルネサンスが始まったところで、そのルネサンス様式がいろいろなところに取り入れられました。簡単に言うとギリシャ・ローマ風のものが特徴として挙げられます。
この別荘も外観を見ると、両脇から階段が左右対称に作られていて、これがとても印象的で綺麗なんですね。ローマのカンピドリオ広場などを想像していただくとイメージが湧くかなと思います。その階段を上ると、ルネサンス様式を大きく表している要素である、ギリシャ神殿風のファサードに迎えられます。
また、テラコッタで作った青いレリーフが飾りとして設けられており、中に入るとその実物を見ることができます。そこに描かれているのもギリシャの神様だったりするので、見た目も、扱っている題材もギリシャのものというところで、ルネサンスの思想が反映されています。

トスカーナ大公フランチェスコ1世と弟フェルディナンドの確執

さて、ここまでヴィッラのお話をしてきましたが、冒頭に触れた、このヴィッラで起きた事件についてお話ししたいと思います。
16世紀に入ってから、トスカーナを治める君主(トスカーナ大公)ご夫妻がここに滞在していました。旦那さんの方は、現代でいうと科学マニアのような方で、奥様の方は後妻さんでした。この君主には弟がいました。弟さんは枢機卿、つまり教皇を選ぶポジションの方だったのですが、厳格である一方で野心もあり、お兄さんと色々ともめていたようです。しかし「仲直りしましょう」と言って、ご夫妻をこのヴィッラに招きました。
ところが、仲直りのディナーがあったその夜、あるいは翌日に、君主が亡くなります。そこから半日か一日くらい経ってから、奥様の方も亡くなりました。公式には病死とされていますが、その後に弟さんがお兄さんに代わって君主になっていること、そして夫妻が続けて亡くなったことから、今でも事件性が疑われています。当時の状況は現在も研究の対象となっているほどです。
皆さんは、このお話をどう感じられたでしょうか。お金や権力を持っているといろいろ大変ですね。
ということで、今日はポッジョ・ア・カイアーノのヴィッラについてお話をしました。それではまた次回。お聞きいただきありがとうございました。

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